オーヴェルニュの楽屋通信

日仏で活動するヴァイオリニスト小島燎のブログ。広島、京都、パリを経て、現在オーヴェルニュ地方クレルモン=フェラン在住。

パスポート・タラン(才能パスポート、Passeport talent)審査通過!②

※こちらの記事は2021年にオフィシャルサイトに投稿したものです。閲覧数が多いので、こちらに転載します!

 

さて、学生ではなくパスポート・タランの滞在許可証になるとどういう良いことがあるかというと、まずもちろん、学校に在籍していなくてもフランスに住み続けることができます。そして、フランス人同様に仕事をする権利が与えられます。

ところで学生身分でも、法定労働時間の60%の範囲内で仕事をすることはできます。

実際フリーランスのコンサート活動というのは短期の契約を重ねていくわけで、コンサートやリハーサルのある日だけが仕事をしているとみなされるわけですから、法定労働時間の60%を超えるような仕事量になることは・・・まずあり得ません。

(家で練習・勉強している時間、室内楽の場合は毎日コツコツ行う合わせ、それこそが私たちの仕事なのですがね・・・)

 

では何がしたくてこの身分変更を行なったかというと・・・

いつまでも学校に在籍し続けるわけにも当然いきませんし、intermittent du spectacle(アンテルミタン・デュ・スペクタクル)の権利を得られる、という大きなメリットがあります。

これはフランス独特のシステムで、音楽家サウンドエンジニアのように不定期の短期契約をこなしていくような職種に対し、契約が切れている期間(例えば昨日コンサートがあって、今日はフリーで、明日リハーサルがあるとすると、今日は契約がない=「失業者」扱いになるわけです)の収入を保証する仕組みなのです。この制度によって、十数万人の不定期労働者が守られています。私の周りのフランス人音楽家のほとんどがこれに当たります。

 

コロナ禍で、日本をはじめ各国のフリーランスの音楽家が収入の道を絶たれ悲鳴を上げていますが、この制度に守られているフランスのフリーランスは1年以上にわたって仕事がなくても生活が守られています。

これは世界中見渡してもフランス独特のやり方で、多くのカルテットやトリオなど、優れた室内楽グループがたくさん生まれるのも、この仕組みあってのことだと思います。学校を卒業してすぐにオーケストラや音楽院に就職しなくても、食いはぐれないように国が守ってくれるのですから。

ちなみに、フリーランスのための有給休暇もあります!前年働いた分の10%が支給されます。

 

具体的には、年間507時間以上の就労時間を満たしていればこの権利を得ることが出来ます。

原則として、コンサートやリハーサル、レコーディング等を一回(一日)やると12時間労働したとカウントされます。

これはそこまで高いハードルというわけではなく、様々な室内楽やオーケストラのコンサート、レコーディング、そして夏の音楽祭(期間中に6回コンサートがあるとすれば、12時間×6=72時間)などを年間通じてやっていれば、クリアできます。

実際僕も3年ほど前からその基準は満たしていました。

 

というわけで、周りのフランス人たちには「お前なんでintermittentじゃないの?十分仕事してるでしょ!」と言われ続けてきました。そう、彼らは、私が外国人であることを完全に忘れ去っているわけです。

外国人もこの権利を得ることはできますが、そもそもフルタイムで働くことが認められていない学生身分の滞在許可証では、なれません。学ぶことが目的だと言ってカードをもらっているのですから、当然ですね。

 

もちろん就労時間を満たした1年目から滞在許可証の身分変更を申請するという手もあったのですが、問題は、この滞在許可証を得るのに満たすべき要件というのが、全く明らかではないのです。

 

役所によれば、必要書類リストに書いてあったのはたったこれだけ。

①芸術家としての能力を証明する書類。

②フランスでの活動計画と年数。

③活動年数分の経済証明(最低賃金の少なくとも70%。その半分以上を芸術活動によって得ていること)

お金のこと以外、どんな基準を満たしてどんな書類を提出すれば、僕をヴァイオリニストとしてフランスに留まらせることが適当であると判断されるのか、これでは全くわかりません。

周囲にも、この滞在許可証を得て生活している外国人というのは数えるほどしかおらず、十分な情報はありませんでした。

その中でもおそらく重要であろうと思われたのが、やはり「ディプロマ」。「フランスでこれだけ学びました、こんな立派な卒業証書をもらっているのだから私は立派なアーティストです、働かせてください」というのが、一般の人にもわかる明確な筋書きでしょう。

 

対して当時の私は、フランスで出ていたのは私立のエコールノルマル音楽院だけで、これが役所においてどういう判断をされるのか、皆目見当がつきませんでした。もちろん歴史ある素晴らしい学校ですが、大学ではないので、卒業証書はあくまで独自のものであり、学部や修士相当とはならないのです(今はシステムが少し変わったと聞いた気がします)。

下手に申請を出して、もし却下されれば、最悪国外退去という可能性もありうる訳です。

後から「じゃあやっぱり学生に戻ります」っていうのも、通るかどうか分からない話です。

当時パリ国立高等音楽院室内楽修士課程に入ったばかりだったので、まず少なくとも学生としてきちんとやっていくべき時期であり、そのようなタイミングでややこしいことになるのは、是が非でも避けたかった。

ということで、誰が見ても認めるであろうパリ「国立」「高等」音楽院「修士」課程の卒業証明をもらえる日まで、待つことにしたというわけです。

 

2020年6月にそのディプロマを取得。

コロナ禍で少し遅れましたが、学生としての滞在許可証の期限が切れるギリギリ寸前の12月末に申請書類を提出しました。

その内容については次の記事で。