オーヴェルニュの楽屋通信

日仏で活動するヴァイオリニスト小島燎のブログ。広島、京都、パリを経て、現在オーヴェルニュ地方クレルモン=フェラン在住。

フランスのオーケストラのオーディション③

今回で完結しますように・・・。

 

回数は多くなかったとはいえ、そうしたチャレンジをしていたころ、一通のSMSが届きました。

クレルモン=フェランを拠点とするフランス国立オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ管弦楽団から、副コンサートマスターのゲストで来てくれないか、という内容でした。

この室内オーケストラの素晴らしさは、それ以前にも複数の知人から聞いていて、いつかご縁があればいいな・・と勝手に思っていたのですが、それが突然訪れたので驚くと同時に、嬉しかったのを覚えています。

ソロ・コンマスのギヨーム・シレムとは随分前に一度、室内楽をご一緒したことがあり、それで思い出してくれたようです。

別の演奏会の予定が入りかけていたところを、無理を言って日程を動かしていただき、お引き受けしました。

 

21人の弦楽器のみによる磨き抜かれたアンサンブルの精度はヨーロッパでも指折りで、その上指揮者陣も充実しており、フランスではちょっと他にないタイプの楽団です。

かつてジャン=ジャック・カントロフが育て、今の首席指揮者はトーマス・ツェートマイヤー。

先に触れたスヴェトリン・ルセフや、ゴルダンニコリッチ(元ロンドン交響楽団)、アモリー・コエイトー(元フランス放送フィル)など、その後名門のコンマスに羽ばたいた方々が経験を積んだ「コンサートマスターの学校」との異名も。

 

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音楽監督ツェートマイヤーとのブラームス:弦楽五重奏曲第2番。

 

行ってみると、その雰囲気のアットホームさ、そして皆さんのうまさと積極性、アンサンブルの盤石さ、「いいものをやりたい!」というモチベーションの高さに驚きました。

リハーサルのうち数時間は分奏で、ヴィヴラート、音程の取り方、指づかい、弓の配分や、場合によってはメンタル面や身体の中の意識まで、大所帯のシンフォニーオーケストラではなかなか触れることのできないような、細かいところまで話し合いながら、1音1音徹底的に磨き上げます。

街も居心地が良く、なんでも徒歩圏内で完結し、物価も安い。

パリの都会生活に少々疲れていた身には、オアシスのように感じられました。

コンサートマスターの席が空席ということで、それ以来、何度も客演で呼んでいただくようになり、何回かはコンサートマスターとしての乗り番もありました。一度など、副コンマスで来たのに、ゲストコンマスの方が本番当日にコロナになり、ゲネプロ一発でドヴォルザークの弦セレに「死と乙女」の弾き振りをする、というタフなこともあったものです。

 

アクロス福岡シンフォニーホールにて。

 

そんな中、決定的だったのが日本ツアーへの同行でした。

客演でとはいえ、フランスのオーケストラと一緒に日本でコンサートができるというのは、とても感慨深い経験で、銀座の寿司屋に連れて行ったり、ラーメン屋や魚民で大はしゃぎしている間に、みんなのことが家族のように思えてきました。

その時点で副コンサートマスターのオーディションは2ヶ月後に迫っており、楽団員や事務局の方に「受けないか?」というお声かけもいただきました。

もちろん、住み慣れたパリを離れることになることもあり、悩まなかったといえば嘘になります。

マーラーブルックナー交響曲が弾けることもありません。

しかし、こんなにも自分にとって気持ちの良くて、やりがいのある職場はちょっと他に考えられない、ということ。室内楽畑で生きてきた自分の持ち味が生かせる場所であること。ソロ・コンマスのギヨームが自分にとって心から尊敬できる人間かつ音楽家であり、そんな彼と一緒に仕事しながら学べる理想的な環境であり、これからの人生が実りあるものになる、と確信できたこと。

何より、自分が受けずに他の人に決まったら、当然ながら客演で呼ばれることもなくなります。

最終的には「この人たちと仕事をし続けたい」という願いに帰着し、受けることを決心しました。

 

しかしここは室内オーケストラ。今まで練習してきた課題は役に立ちません。

1次予選:メンデルスゾーンのコンチェルト2楽章とバッハの無伴奏ソナタ3番の3、4楽章。

2次予選:ベートーヴェンシューマンブラームスのいずれかのコンチェルト1楽章(シベリウスチャイコフスキーもNG。ひねくれている・・・)とオケスタ10曲ほど(見慣れないものばかり)。

最終審査:第1ヴァイオリンのセクション・リハーサルと弦楽四重奏のリハーサル。

 

モーツァルトからのドン・ファン」の流ればかりだったところ、なかなかの変化球。

オケスタもこれまた、ヘンデルの合奏協奏曲、テレマンドン・キホーテ」、ハイドン「告別」のソロ、「フィレンツェの思い出」やヒンデミットの小品、ブリテン「ブリッジの主題による変奏曲」など、初出のものが大半。

そんなわけで、また1から練習していきましたが、なんせ経験値の少ない作品ですし、1次予選でバッハというのも、なかなか身構えてしまうものです。

ただ、すでに中で弾いていたことによって、バロックに対するこのオケのスタイルとか、一般的に目指している音のキャラクターがわかっていたのは、大きな助けになりました。

(実際、前に受けたオケで、音楽監督が目指すバッハの方向性と私のスタイルが違った、と指摘を受けたことがあります。こればっかりは、知らないことにはどうしようもありません)

 

しかし、ここを受けるからにはとにかく絶対受からないといけない。

知っているオケだから有利とは限りません。

このオケでは、オーディションは全ラウンド、楽団員全員+首席指揮者+事務局長+招待審査員2名が審査します(これは結構珍しい)。

わざわざ受けに行って下手なことをしては、客演でも呼ばれなくなるかもしれない、というリスクだって考えられます。

知らないオケなら、衝立の向こうで何をしようが、まあ気楽なものですが・・・。

自分の中では、後はないつもりというか、一か八か、受かることに「決めて」取り組んでいたように思います。

それまで以上に試演会や、ピアニストとの練習を重ね、色々な人にコメントもいただきつつ、できる限りの準備をしました。

さらに前日、パリからの電車が故障で4時間も止まり、一日中電車内に閉じ込められたという散々なトラブルも(当然、ピアノ合わせにも大遅刻でしたが、温かい配慮に感謝・・・)。

色々なことがありましたが、結果的には、自分の持ち味を聴いてもらえる喜びを感じつつ、自分の出せる力はすべて出し切ることができたと思います。

温かい雰囲気を作ってくれた事務局の方々や、ピアニストのおかげも大きかったです。

あと、弾きながら窓の外に見える大自然が、癒しになりました。

 

最終審査の模擬リハーサルでは衝立がなくなりました。

目の前にはこともあろうに、招待審査員でいらした元コンマス、スヴェトリン・ルセフ。

自分が仕切る形で分奏を行い、フレージングや音色について方針を示したり、細かいアーティキュレーションや弓の配分について指示を出したり。

途中で審査委員長のツェートマイヤーによるツッコミが入り、指摘された内容をやり直したり、といった場面もありました。

カルテットの課題は数々の思い出のあるラヴェルの冒頭でした。お相手は各セクションの首席。弓のスピードやユニゾンのバランス、ラヴェルという作曲家の二面性、といったことに触れながら、練習しました。

もちろん、これらも事前に友達に手伝ってもらって、流れを想定していきました。

 

いったん控室に戻りましたが、投票結果が出るのにそれほど時間はかからず、全員が待つリハーサル室に呼び戻されました。

中に入った瞬間に、全員が拍手で迎えてくれ、合格したことがわかりました。

ただただ安堵感に満たされた瞬間でした。

その後一人一人が「おめでとう」とハグしてくれ、家族の一員に迎え入れられたような気持ちでした。

受かったとはいえ、わざわざいらっしゃったルセフにはもちろん講評をいただきました。

衝立の向こうで聴いていても、私の弓の返しからスピードからなにから、全部手に取るように指摘され、脱帽でした(笑)

 

その後、しかるべき人々に報告の連絡を入れ、宿に戻るともうバタンキュー。

すべての集中力を注ぎ込んだとともに、とてつもないストレスが心身にかかっていたようでした。

午後の間中は死んだように眠り、日が暮れてからみんながお祝いにバーに誘ってくれました。

近年まれに味わう、美味しいお酒でした。

こうして、私にとって初めての「オーディション合格」の1日が終わったわけです。

 

今はまだ在籍1年目。

これからまだまだ勉強すること、経験することが山のようにあると思います。

ギヨームは全体の半分の公演しか出演しないので、今後、コンサートマスターとしての乗り番も増えていきます。

これほど学びが多く、やりがいがあり、しかも楽しい職場に巡り会えたこと、本当にラッキーだと思っています。

 

パリ時代の友人の中には、私がクレルモン=フェランに引っ越したことを不思議そうに見る人もいますが、いやいやどうして。

家は今までの2倍広いのに、家賃は今までより安いし、あの暗くて汚いメトロに乗らずに、雄大な火山群を眺めながら通勤(といっても徒歩3分ですが)できるのですよ。

蛇口をひねればボルヴィックのミネラルウォーター。

それにその気になれば、パリまでも電車で一本です(故障しなければ)。

フランスにお越しの際は、パリとモンサンミッシェルだけじゃなく、ぜひオーヴェルニュ地方へ足を伸ばしてくださいね!

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以上、オケマンとして現在地に至るまでの道のりでした♪